- トップ
- 科学技術・大学ニュース
- 記事詳細
[ 科学技術・大学 ]
(2016/10/7 05:00)
東京工業大学の大隅良典栄誉教授の生理学医学賞受賞で幕を開けた2016年のノーベル賞。自然科学3賞での日本のノーベル賞受賞者は22人(外国籍を含む)となり、日本の基礎科学力の底力を改めて証明した格好だ。物理学賞と化学賞も基礎研究分野での受賞となったのも今年の特徴。これは実用化を視野に入れる「出口戦略」を重視しつつある現在の科学技術の風潮に警鐘を鳴らしていると受け止めることもできる。(冨井哲雄、斉藤陽一、藤木信穂、小寺貴之)
ノーベル賞を受賞する業績は、医薬品など社会に成果が還元された後に受賞するケースが多いと考えられがちだ。だが今回は、自然科学3賞すべてが基礎的な研究成果に対して贈られる。国内では基礎研究を含む科学技術力の低下が危ぶまれる。文部科学省によれば、日本の科学論文数はここ10年でほぼ横ばいだが、インパクトが高く、被引用回数が多い論文数の世界シェアは、年々下がっている。
財政難の中、現在は国全体で事業化や実用化に結びつく応用研究を重視する潮流が強い。それに伴い、次世代の研究を担う若手研究者たちは、すぐに結果に結びつく流行の研究テーマを選びやすい。
大隅栄誉教授は、「『役に立つ』とは、研究成果を起業化し、製品を生み出すことだけを指すわけではない。若い人には知的好奇心を大切にし、研究に取り組んでほしい」とエールを送る。
研究成果の社会への還元が重要なのは当然だ。一方で、未来にイノベーションを起こすような技術が生まれるには、その種となる基礎研究が土台になる。応用と基礎のバランスをどのように取るべきなのか、ノーベル賞発表のこの時期だけでなく、国全体で継続的に議論する必要がある。
【生理学医学賞/オートファジー、細胞内リサイクル解明】
生理学医学賞は東工大の大隅栄誉教授の単独受賞となり、同賞は2年連続で日本の科学者に贈られることになった。自然科学分野での日本の単独受賞は湯川秀樹氏、利根川進氏に次いで3人目という快挙だ。
受賞理由のオートファジー(自食作用)は、細胞が不要なたんぱく質などを自ら分解し、栄養として再利用する現象を指す。オートファジーの存在そのものは1960年代から知られていたが、詳しい仕組みは分かっていなかった。
大隅氏は東京大学助教授だった88年、飢餓状態にした酵母の細胞内の小器官「液胞」がたんぱく質などを取り込み、分解する過程の観察に初めて成功した。その後、オートファジーに必須の遺伝子を特定するなど、同現象はあらゆる動植物が備える基本機能であることを示してきた。
近年の研究で、がんや神経疾患などの病気にオートファジーの異常が関与していることも明らかとなり、治療への応用が期待されている。
【物理学賞/トポロジーを物理に応用、物体の性質を明らかに】
物理学賞も基礎的な物性理論の研究が受賞する。米国の3氏が、超電導や超流動、磁性薄膜などの物質の奇妙な状態を、数学のトポロジー(位相幾何学)を使って理論的に説明した成果だ。量子コンピューターなどの開発に役立つ。
トポロジーは図形を変形していっても変わらない性質のこと。例えばドーナツとマグカップは同じ分類だ。この手法を使った「渦」の概念で1次元や2次元の世界を見た結果、電気伝導性などの物質の性質が分かった。
日本では、甲元眞人元東大物性研究所准教授が2次元電子系のトポロジーの重要性を理論化した。今回の受賞者との共著論文もある。現在は特に、内部は絶縁体だが、表面は電気を通す「トポロジカル絶縁体」の研究が世界的に盛んで、日本の研究者も活躍する。
【化学賞/分子機械−有機合成技術を駆使、モーターなど作製】
化学賞は「分子機械」を開発した仏米蘭の3氏が選ばれた。有機合成技術を駆使して、分子の鎖やシリンダー、モーターなどを作った。5年周期で有機化学分野が選ばれるという法則に沿った形だ。
シリンダーを組み合わせてエレベーターを作成したり、モーターを四つ組み合わせて四輪駆動車を作ったりと、夢のある研究が評価された。要素部品がそろうと、分子ロボットの開発につながる。
分子機械の研究では九州大学の新海征治特別主幹教授が3氏より先に光応答性の分子機械を開発していた。また有機分子以外にも、DNAなどの生体分子を利用した分子機械の構築や知能化の研究が進む。いずれも基礎的な段階だが、ナノマシンをほうふつさせ、興味を集めている。
(2016/10/7 05:00)