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【電子版・連載】出張中に遭遇した小さな事件簿 第12話「トイレの”臭い縁”」

(2018/8/12 07:30)

  • さかい三十郎。彼は重工業メーカーで造船・プラント・工作機械事業に携わって40年の経歴を持つ出張多きサラリーマンである。彼はサムソナイト鞄(かばん)とバインデックス手帳を愛用している。ちなみにサムソナイト鞄は時に、新幹線の車内混雑時にはいすに替わる(イラスト:小島サエキチ)

 彼の名は「さかい三十郎」。正義感にあふれた庶民派である。そんな彼が出張時に出会ったノンフィクションのハプニングを「小さな事件簿」としてつづったのが本連載である。

 「本当にそんなことが新幹線内で起こるの?信じられないなぁ…」との思いで読まれる方も多いかもしれないが、すべてノンフィクション(事実)なのである。彼の大好きな「映画の話」もちりばめてあるので、思い浮かべていただければ幸いである。

 それでは車内で遭遇した事件簿の数々をご紹介させていただく。

* *

喜劇のような悲劇が勃発

 とある土曜日の午後、広島から東京へ向かうひかり号車内で、思いもよらぬ悲惨な事態に遭遇した。

 京都駅を過ぎたあたりで尿意を催し、三十郎は1号車内を出てデッキへと向かった。夕刻にさしかかり、トイレ近辺は意外に混んでいる。

 男性専用トイレのドアの外で待機していた時のこと、名古屋駅近くとなり、車両が減速しはじめた。トイレ内の男性が出てくるのを何気なく待っていると、気のせいか人影が見えない。ドア窓位置から姿が消えていた。どうしたのだろう?と思いながら窓に近づくと、利用者が確認できた。彼は前屈で膝を折り、靴紐を結び直す作業をしていたのだ。

 その数秒後、駅構内手前で進入ホーム・レールの切替えにより、小さな揺れを感じた。

  • (イラスト:小島サエキチ)

 その時、事件は発生した。

 便器に向かって頭を低くしていた男性がバランスを崩し、あろうことか、そのまま便器に突っ込んだ。頭部と右手が便器下部に入る憂き目に遭ったのである。三十郎はたまらず扉を開け、男に声をかけた。

三十郎「大丈夫か?」

男「何でこんなことになったんだろう……」

三十郎「とりあえず出て、化粧室で洗った方がいいよ」

 男はうなずき、隣の化粧室へと向かった。個室トイレを利用すべくデッキに並んでいた乗客たちは見まいとしながらも、事の珍しさに驚き、横目で覗いている。

 男は1枚のハンカチで処理しようと対策を講じていたが、どう見ても間に合いそうにない。三十郎は「よかったら、これ使えよ」と言い、ハンカチとポケットティッシュを手渡した。

 5分後、男は化粧室を離れ、デッキで髪容を直し始めた。見れば、冠婚葬祭の帰りであろう黒い服が確認できた。黒ズボンの膝部も濡れていた。

 三十郎は空室のトイレから拝借した予備のトイレットペーパーを手渡した。今のうちに拭いておけば多少は見てくれも、そして何より臭いも払拭できると判断したからだ。すると、男が拭き取り作業を続けながら声をかけてきた。

男「京都で友人の結婚式に出席した帰りなんです。お陰さまで助かりました」

 男と三十郎はその場で別れた。やがて、ひかり号は何事もなかったかのように、東京駅に到着した……。

事件始末記:これも何かの“臭い縁”?なんと男は○○だった!

 三十郎は新幹線改札口を出て在来線(中央線)のプラットホームに向かった。始発駅であり、着席しながら出発を待っていた。その時、三十郎の左側に、見覚えのある黒ズボンが確認できた。「まさか!」と思い、隣の男を確認した。

三十郎「君か?」

男「あ、先ほどは……」

 何も話さない方が彼のためであろうと、沈黙を維持することにした。そして、電車は三十郎の降車駅である東小金井駅に到着した。下車すると、またもあの男の姿を目にした。これも何かの“臭い縁”か……と思い、改札口を出た所で声をかけた。

三十郎「良かったらビールで洗い流さないか?」

男「こちらこそ、お願いします」

 北口階段を降りて飲食店に向かった。常連客のサミー・デイヴィスJr.、ルパン三世、チャックコナーズ(米国テレビドラマ・ライフルマンの主役)等々の人物に出会える楽しい店である。最近では三十郎が吹き込んだCD曲(「うぶすな」)も店内に流れている。

 店側が呼ぶ客名は二階級特進となる。“社長”、“部長”、“編集長”といった役職で呼ばれる客や、好みの野球チーム名があだ名になっている御仁(阪神さん)も。ちなみに、三十郎は“おとうさん”と呼ばれている(長男・次男と出向いた時に名付けられたもの)。

 生ビール・芋焼酎と煮込みを食したあと、別れの言葉を掛け合い店を出た。しかし、なぜか彼がついてくる。

三十郎「ところで家はどこ?」

男「(小金井市)緑町です」

 なんと三十郎と同じ町内の住人だったのである!さらに約10分間、連れ添い歩くことになった。これも不思議な縁である。

 最後に一言。皆さん!トイレ内で靴紐を結び直すのはやめましょう。思わぬトラブルのもとになりかねませんよ。

(雑誌「型技術」三十郎・旅日記から電子版向けに編集)

(2018/8/12 07:30)

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