(2020/7/28 05:00)
「葡萄(ぶどう)の美酒、夜光の杯」。盛唐の王翰(おうかん)の名高い『涼州詞』は、漢詩とは思えぬエキゾチシズムを描き出す。
西域に出征した兵士は、地元産のワインをきらめくグラスであおる。宴席は酒楼ではなく月の光の下。誰かが軍馬の上で琵琶をかき鳴らし、杯を重ねる。おそらくは夏の宵、いまの時分だ。
「酔うて沙場に臥(ふ)す、君笑うこと莫(なか)れ」。酒が過ぎ、砂漠で眠りに落ちても笑うなよ。「古来征戦、幾人か回(かえ)る」。昔からいくさに出れば、帰れるとは限らないのだから―。結句のやるせない兵士の思いが、この七言絶句を不朽の名作にした。
新型コロナウイルスの打撃からいち早く立ち直った中国が、周辺地域への圧迫を強めている。尖閣諸島沖に相次いで出没する公船もそのひとつ。遠く派遣されてくる中国側も、守りを固める自衛隊や海上保安庁も、心中は唐代の涼州要塞(ようさい)の駐屯兵に通じるものがあろう。
コロナは国の壁を高くし、人の往来を制限した。それが相互理解を阻み、国境のあつれきを大きくすることを恐れる。不法行動に毅然として対処しつつ、一方で融和の道を探るのが外交だ。葡萄の美酒の杯は第一線の緊張の憂さ晴らしではなく、友好の宴席で傾けたい。
(2020/7/28 05:00)