産業春秋／桜吹雪の下

「あでやかとも妖しいとも不気味とも捉えかねる花のいろ」（茨木のり子「さくら」）。詩人でなくても、桜吹雪の下をふららと歩きたくなる。

詩に描かれたソメイヨシノはなぜこれほどまでに日本人を酔わすのか。世紀のイノベーションは江戸後期、現在の東京都豊島区駒込にあった染井村で起きた。植木職人がオオシマザクラとエドヒガンを交配し誕生した。

散り際の潔い印象から国威発揚の象徴になった時代もあった。染井を出て１５０年ほどで日本各地に広まったのは得も言われぬ美しさからだろう。今では国内の桜の約８割を占める。

花見の仕方も変えた。かつては多品種分散のため桜の主役が次々入れ替わり、花見は１カ月近くに及んだ。ソメイヨシノの登場で単品種集中が進むと１０日ほどになり、桜への思いも一途なものになる。

桜は同じ樹木の雄しべと雌しべが受粉しない。種子で増やすと別の樹の遺伝子が交ざってしまう。ソメイヨシノは人が手間をかけ接ぎ木で種の形質を守り続けてきた。まん延防止等重点措置は全面解除されたが、コロナ第６波は収束しておらず、花見会場での宴会などは慎みたい。それでも今年の花見は平和をいとおしく思えるだけ幸せだ。