スズキの鈴木修相談役死去/過去記事(本紙インタビュー)で振り返る

(2024/12/27 16:55)

浜松からインドへ、そして世界へと打って出たスズキは1909年創業の100年企業だ。長らく同社を率いてきた鈴木修氏(現相談役)が93歳の今、自身のこと、会社のこと、経営のあり方について大いに語った。聞き手は長寿企業経営の第一線の研究者で同社にも詳しく、ファミリービジネス学会会長、100年経営の会(事務局=日刊工業新聞社)顧問も務める、曽根秀一静岡文化芸術大学教授。

「オサムイズム」誕生まで

■これまで

―鈴木俊三鈴木自動車工業(当時)元社長・会長から、若き相談役を「泥臭いが骨があって見どころのあるやつだ」(著書「オサムイズム」より)と評されたとのことですが、どのような場面、行動を通じて俊三氏はそのように述べられたのでしょうか。

「入社した直後に経営企画室という部署に配属されたのですが、いわゆるデスクワークばかりの評論家集団でした。とにかく現場に行こうとしない。そんなところにはいられないと言って、よく工場の現場に行かせてもらっていました」

「そんな時に豊川に軽トラックの専用工場を建設することになり、私が建設委員会の委員長を仰せつかりました。浜松から豊川まで毎日毎日、砂利道を自分で運転して通いましたよ。予算は当初3億円でしたが、私は最初から10%減額して取り組みました。短期間で、しかも10%少ない予算で完成したばかりの工場で現場の職人さんたちと車座になって、年の瀬に夜空を見上げながら祝杯をあげました。そんなところを見てくれていたんじゃないかなぁ。そうそう、このご褒美にイギリスのマン島TTレースをはじめ6カ月かけて世界一周の出張をさせてもらいましたね」

―人間形成に大きな影響を与えた経験にはどのようなことがありますか。

「先の大戦で私は予科練に志願して、姫路の基地で飛行訓練ならぬ土木工事に明け暮れていました。そろそろ出撃かという矢先に敗戦を迎え、故郷の下呂に復員したんです。その後、成人式で下呂の町長から『この敗戦からの復興を自分たちが担うには年をとり過ぎてしまった。復興は君たち若い世代に託す』というごあいさつをいただき、俺たちの世代でやってやるんだ、という気持ちを強くしました。欧米の先進国ではなく、いわゆる途上国へ行って、その国の発展に貢献したいという気持ちが強いのも、その経験が大きいのかもしれませんね」

―困難に直面した時、あるいは大きな決断をする時に、行うことや考えることは何でしょうか。

「100%の賛成が得られるなんて考えていませんよ。51%が賛成してくれたら断固として進めること。これが経営者の責務だと思います。ただ、偉そうなことを言っていますが、これまで全てがうまくいった訳ではないんです。せいぜい51勝49敗でかろうじて勝ち越し、といったところです」

■長期存続

―御社における長期存続(100年超)の要因についてお聞かせください。

「経営層と従業員が、お客さま第一で事業に取り組んできたことに尽きますね。そうして世に送り出した商品をご愛用下さる。このことを愚直に繰り返してきただけなんですよ」

「我々は田舎の中小企業ですから飛び抜けて優秀な人間なんていません。ただ、その時その時の経営陣の考えを従業員の皆が理解してくれて一丸となって頑張ってくれた。これに尽きると思います」

リーダーは決断・断行

  • スズキは次の100年も「浜松の中小企業」であり続ける

ーこれまでの最大の危機はどのようなことですか?どのように乗り越えられましたか。

「会社存亡の危機は何度もありましたよ。1950年の労働争議、75年の排ガス規制対応失敗、96年の軽自動車規格変更、2016年の排ガス測定不正、18年の完成検査不正など、殆ど倒産しかかりました。ただね、特効薬のような奇策はないんですよ」

「問題が起きたら何がいけなかったのか、原因は何かを突き詰めて二度と起こらないように対策する。私の時はトップダウンですぐやりました。行動あるのみです。その繰り返しです。地道に根気よくやるしかないですね。手っ取り早いやり方をご存知でしたら教えてくださいよ」

―企業が存続する上で、変えるべきものと、変えてはならないものについてご意見をお願いします。

「朝令暮改という言葉がありますが、朝礼昼改でも遅いと思っています。自分で決めたことなら間違っていると思った瞬間に変える」

「変えるべきものは何か、と言われたら何でも変えますとお答えします。ただ、お客さま第一ということだけは決して変えてはいけない。私共でいえば社是はいわば憲法。変えてはならないものだと思います」

―経営理念を社員はじめステークホルダーに浸透させるためにどのような工夫をされていますか。

「特別な工夫はないですね。自分が率先して実行するだけです。他人に何かをやらせるにはまず自分からですよ」

―以前のインタビューに「事業の立て直しには、人材育成からやらないといけません。マネジメントとして部課長の育成が足りなかったと反省しています」(「オサムイズム」)とありますが、具体的にどのような人材育成が必要とお考えですか。

「指示を出し過ぎましたかねぇ。指示待ち型の人材が増えてしまって、自分で考えて意見をまとめて上司に相談することができる人材が少ないんですよ」

「報・連・相と言いますが、事実をそのまま報告してオシマイではなく、事実に対して自分はこう考えるがどうか?という相談までやって欲しいと思います」

―リーダー(経営者・中間管理職ら)に求めるものについて教えてください。スズキでは社員同士、組織同士で切磋琢磨など意識されてきたのでしょうか。

「心がけてきたのは、『人の話に耳を傾けることは必要だが、それに流されてはいけない』ということです。情報に基づいて最終決断を下すのがリーダーの務めであり、下した決断について全責任を負うのもリーダーです。他人のせいにすることなく決断して断行すること、これが重要です」

「もう一つは、人とのご縁を大切にすることを心がけています。振り返ってみると、私どもは節目節目で周囲の皆さまに支えていただいて100年間、何とかやってこられたということを実感しています」

「排ガス規制対応に失敗した時にはライバルメーカーから塩を送っていただきました。インド進出の際にはインド政府の理解者に助けていただきました。思い返せばキリがありません」

「お客さまをはじめ、販売店の皆さま、お取引先の皆さま、スズキを取り巻く全ての皆さんに感謝、感謝、感謝です」

―かつてインタビューにおいて「2輪車と4輪車の両方に基盤を持つことで、大きなシナジーがある」とおっしゃっていますが、具体的にはどのような効果がありますか。

「世界中を見渡しても、2輪車と4輪車を生産・販売しているのは私どもを含めて3社しかありません。これまではエンジン関連技術、これからは電気モーター/電池関連技術といった基本技術を共有することで量産効果からコスト削減を図ることができますし、4輪に比べ小規模の2輪で新技術を先行開発することで、4輪への展開を容易にできていると思います」

■創業家

―ファミリービジネスの強みについてどのようにお考えですか。

「自分の会社をファミリービジネスと考えたことはないのですが、創業家が求心力となることで一丸となっていけるというのはあるのかな、と思いますね。実はスズキは2代目から4代目の社長が養子なんですよ。かくいう私が4代目なんですがね。皆さんからはどう見えてるんですか?」

―初代、2代目、3代目の経営、特徴などについてご教示ください。

「創業者である鈴木道雄は、お客さまが望むことは何でも応えよう、と常に社内で言い続けていました。その後を受けて歴代社長は、創業者の思いに傷をつけることなく、お客さま第一の経営を代々愚直に実践してきました。あと、あえて言うなら、前任者の踏襲にとどまることをよしとしなかったということでしょうか」

―創業家が果たす役割についてどうお考えですか。

「全社を一つにまとめるための旗印、あるいは何かの時のよりどころになれれば良いと思いますね」

■事業承継

―先代より受け継ぐ際、またご子息(鈴木俊宏社長)に継承される前に心がけたこと、気を遣われたことなどはありましたか。さらに後継者教育として心がけられたことについてご教示ください。

「自分の代で会社をつぶすことなく、また受け継いだ時より少しでも成長させて次代に引き継ぐこと、それだけを考えていましたね。後継者教育という程ではないですが、目先の利益にとらわれず、安易に利益を追求することなく、堅実に利益を出して納税し、雇用を守ることで地元に貢献することが企業の最終目的であることは伝えてきたつもりです」

―婿養子ならではの強み、逆に難しさ(ご苦労されたこと)などはありましたか。

「実の親子だと言えないようなことも率直に言いあえる関係を築けることです。難しさというのは余り感じませんでしたよ。まあスズキは私の前の俊三さんも養子でしたから、社内から今度の養子はどんなやつか?なんて陰で言われていたのはやりづらかったですね」

―社長と会長の役割分担についてご教示ください。

「どちらも経営に対して責任を負うという点に於いて違いはありません。会長だからといって決して『上がり』ではないと思って仕事をしていました。むしろ社長から会長に『昇格』したと思っていましたよ」

■地域・未来

―地元地域への貢献についてお聞かせください。本社を浜松に置き続けることの意味なども含めてお願い致します。

「やはり地元あってのスズキだと思っています。利益を出してしっかり納税すること。地元で雇用を維持すること。この二つが企業の存在意義だと思って、これまで40年余にわたり経営に携わってきました」

「おかげ様でインド事業が好調で日本の実績を上回るまでに成長しましたが、スズキは次の100年も浜松の中小企業であり続けますよ」

―どのような人材に入社してほしいですか?

「自分で考え、意見を出して動ける人ですね。現場に行って、現物を確認し、現実を理解すること。これを実践できない人はただの評論家です。スズキには評論家を雇うような余裕はありませんよ」

「大切なのは行動力。現場へ出かけて現物を見て、現実を知ること。机上の空論はダメですよ」

―近年、米国の影響もあって株主主権が強くなっていましたが、四半期開示なども見直されつつあります。企業とステークホルダー(利害関係者)との関係性についてお聞かせいただけますか?

「お互いに切っても切れない関係ですね(笑)。冗談はさておき、会社は社会の公器と言われますが、同時に株主の皆さまのものでもあるんです。そのほか、お客さまやお取引先など全ての存在なくして会社は存在できません。ただ、会社の成長のためにはある程度の経営の自由が必要なことも疑いようのない事実です。バランスが重要だと思います」

―昨今、わが国の製造業では全般的に技能継承の困難、労働者不足などが論じられていますが、御社では関連会社含め、どのように対応されていますか?

「ご多分に漏れず、ですよ(笑)。一生懸命頑張っています」

―今後の目標や夢などをお聞かせください。

「私は現在93歳ですが、毎週末ゴルフを楽しんでいます。いたって健康。丈夫な身体をくれた親に感謝しています。ただ、私も不死身ではありませんので、スズキがもっともっと成長して、売上高10兆円くらいになるのを『草葉の陰から』見守りたいと思っていますよ(笑)」

【略歴】すずき・おさむ ▽1930年(昭5)1月30日生まれ(93歳)▽58年鈴木自動車工業(現スズキ)入社▽78年社長▽2000年会長(CEO)▽21年相談役

Interviewer

「現場」大切に 情熱とユーモア

静岡文化芸術大学教授(100年経営の会顧問)曽根秀一氏

  • 鈴木相談役(右)と曽根静岡文化芸術大学教授

 鈴木相談役は、豪快さに加え、情熱とユーモア、本社のある浜松への郷土愛あふれる人物である。お会いするのは複数回にわたるが、毎回勇気と元気をいただく。紙幅の関係上、割愛した部分をいくつか紹介したい。まず鈴木氏の尽力によって2000年に開学した静岡文化芸術大学のエピソードと浜松で学生が過ごすことの意義など熱い思いを語られた。スズキ奨学金を成績優秀者に直接授与くださるだけでなく毎年のように来校され、学生に声をかけていただく姿に心打たれる。インタビュー後半も時間延長してインドへの並々ならぬ思いを語られた。インド進出時の工場の地図も即席で記され、詳細にお話くださる姿はまさに「現場」を大切にしてきた名経営者そのものである。

 同氏は熱い情熱とユーモア、屈託のない笑顔、その魅力で一気にまわりの人々を惹きつける。原点はどこか。答えは、落語好きから来たものだという。毎週日曜日の落語番組を楽しまれ、ユーモアに磨きがかかる。力強い言葉に私たちが思わず力むと、すかさず冗談で肩の力を抜いてくださる。40年以上にわたり経営トップを務められ、多くの修羅場を経験してきたはずである。しかし、この快活さが多くの人を和ませてきたことは想像に難くない。そして、達筆な字で揮毫(きごう)していただいた。「やる気」である。やる気を持って取り組むことの重要性を学んだ。相談役が愛する本学の学生に伝えていきたい。

 

(2024/12/27 16:55)

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