産業春秋／最晩年の豊田章一郎さん

トヨタ自動車の社長や、経団連会長時代の豊田章一郎さんには接していない。言葉を交わす機会に恵まれたのは最晩年のことだ。

長男の章男さんがトヨタ社長になるとウワサされた頃、経団連の会合に出席した。出口で待ち構える記者団を「そういうことは経営者に聞いとくれ。僕は取締役じゃないから」と煙に巻き、悠々と立ち去った。

数年前の新春賀詞交歓会で、失礼ながら「章男さんは経団連会長になりますか」とお尋ねした。答えは「章男はサルだよ」。続けて「いずれは（財界の）お役に立てる日が来るかも知れないが（申（さる）年生まれの）章男は（当時）６０歳、早過ぎるよ」と言われた。

自らを経団連会長の後継に指名した平岩外四さん（元東京電力社長・会長）に敬意を払い、年に１度、ゴルフを一緒に回る習慣だった。平岩さんから聞く“章一郎語録”は、日本の行く末を案ずる誠実さに満ちていた。

真面目で無口、目立ちたがらないというのが世評だが、当意即妙な答えに優れたリーダーのセンスがうかがえる。最晩年、車いすの章一郎さんに図々しく「会長、ぜひ名刺を」とねだって頂いた縦書きの財界用名刺をあらためて見つめた。いつまでも大切に保管したい。