[ トピックス ]
(2016/9/27 05:00)
仕事と生活を調和させるワークライフバランスや、価値観、属性が異なる人材を生かすダイバーシティー経営など、働き方の多様化が叫ばれて久しい。しかし、企業の取り組みには温度差があり、長時間労働の是正をはじめ課題は山積している。安倍晋三政権は最大のチャレンジとして「働き方改革」を位置付け、関係閣僚と有識者からなる「働き方改革実現会議」を27日に発足させる。大手企業にとっても、経営トップによる明確な意思表示が必要だ。(浅海宏規、小野里裕一)
■経営トップの明確な意思表示が不可欠
【来春に具体策】
働き方改革実現会議には安倍首相を議長に関係閣僚のほか、榊原定征経団連会長、神津里季生連合会長、三村明夫日本商工会議所会頭らが名前を連ねる。
同一労働同一賃金の実現、長時間労働の是正、テレワークの推進などについて話し合う。2017年3月までに具体的な行動計画をまとめる予定だ。
【検討会初会合】
既に厚生労働省は9日、時間外労働の実態や、海外における労働時間制度の現状などを把握するため、学者や有識者からなる検討会の初会合を開いた。年内にも長時間労働の是正策をまとめ、働き方改革実現会議に提案する。
事実上、労使間の協定で無制限の残業を認めている労働基準法36条、いわゆる「三六(サブロク)協定」の運用見直しが焦点となる。
国内の年間総労働時間は減少傾向にある。ただ、これは1990年代半ばからパートタイム労働者の比率が上昇していることが一因とされ、一般労働者はほぼ横ばいで推移している。欧州諸国と比べると、1人当たりの年平均労働時間も長い。
一方、内閣府がまとめた調査によれば、残業している人に対する上司の評価について部下が抱くイメージでは、1日当たりの労働時間が長い社員ほど、前向きな評価をしていると感じる割合が高かった。
このため、職場の意識や企業風土の変革も、「働き方改革」の一つのポイントになりそうだ。
■インタビュー/働き方改革担当相・加藤勝信氏「長時間労働の是正など議論」
加藤勝信働き方改革担当相は、日刊工業新聞などのインタビューで、働き方改革は企業側にも利点があると強調した。
―新設する「働き方改革実現会議」の目指すところは。
「働き方改革を通じて、働き手の選択肢が広がることが大事だ。
新たな仕事に就くための投資や再就職でのマッチングなども議論していく。企業側にとっても生産性の向上を通じての発展など、メリットがあるはずだ」
―長時間労働解消に向けての課題は。
「現行の労働基準法では、いわゆる三六協定で上限なく時間外労働が認められるような状況にある。日本における労働時間の国際比較をしても、長時間労働は是正されるべきだという視点で考えたい」
―実現会議を通じて、どんなプランをまとめますか。
「長時間労働の是正や同一労働同一賃金の実現など、幅広いテーマを具体的に議論していく。その上で対応を示すことが大事だ」
―中小企業にとっては、人件費の上昇など経営への影響を懸念する声も聞かれます。
「実現会議でも中小企業からの声を出してもらうことが必要だ。ただ、生産性の向上などが同時に進まないといけない。どういう支援が必要なのかも議論していく」
■先達企業の取り組み
【神鋼/19時以降の残業原則禁止】
神戸製鋼所が働き方改革に本腰を入れ始めた。これまでも長時間労働是正の動きはあったが、厳しい経営が続く中でコスト削減を目指すものだった。業績回復の兆しが見えると是正の意識は薄れ、「(実施前の水準に)リバウンドした」(川崎博也社長)と、トップの危機意識も強い。
今回は違う。学生の就労意識がプライベートと仕事のバランス型に変わる中、労働環境を改善しないと優秀な人材を安定して確保できなくなるとの危機感が大きい。
改革の目玉は16年度に始めた「19時以降の残業原則禁止」で、業界では珍しい。対象は社員1万1000人のうち、研究所や現場職などを除く4500人。急を要する残業の場合は管理者の許可が必要だ。
この制度を絵に描いた餅にしないための施策にも力を入れている。それが「とりあえず会議」や長時間報告などを禁止した「KOBELCO流会議」だ。同社で年間約57万時間を費やしていた定例会議へのマンパワー(=会議時間数×会議開催数×参加人数)を16年度末に21%削減するとしている。
【旭硝子/他部署への異動の門戸拡大】
「本気で社風を変えていく」。旭硝子の島村琢哉社長は15年の就任以来、社内に強いメッセージを発し続けている。風土改革の必要性を説き、各地の社員と話し合う「対話会」を継続的に実施。就任2年目にして延べ約1万1000人の社員と膝をつき合わせた。本業の板硝子事業で苦戦が続く中、優秀な人材が過去の慣習にとらわれることなく働ける環境を整備し、巻き返しのけん引役が育つ土壌を作りたい考えだ。
トップ主導の風土改革で魅力が増した制度がある。他部署への異動の門戸を広げる「人財公募制度」。これは毎月1回、人材が欲しい部署が社内に“求人”を出すもので、要件を満たせばその求人に応募でき、新たなキャリアを踏み出せる。ただ以前は、興味を引く募集が少ないとの声も目立った。管理職がこれまでの慣習にとらわれ、積極的な募集を控えたためだ。
風土改革が進展する中、海外での新事業のマーケティングや成長事業の営業など魅力的な求人は徐々に増えているという。意欲的な社員が海を渡り、新たな仕事に挑んでいる。
【帝人/配偶者の海外移転同行を容認】
帝人は多様な働き方の推進に積極的な企業の一つだ。社員の配偶者が海外転勤や留学する際に3年以内であれば休職して同行できる制度を14年に開始するなど業界をリードしている。
管理職に昇進前の女性社員が配偶者の海外転勤を理由に退職するケースが相次ぎ、会社が危機感を募らせたことが制度創設の発端だという。社員は配偶者の都合でキャリア継続をあきらめる必要がなく、帰国後の求職活動に伴う負担の軽減にもつながる。企業には育成した人材の流出を減らせるメリットがある。
対象は帝人や主要子会社の社員。男女は問わず、配偶者が社外であっても制度を利用できる。帰国後は基本的に休職前のポジションに復帰できるとしており、休職によってキャリア上の不利益を被ることのない制度設計にしている。
これまでに10人の女性社員が制度を利用し、うち2人が職場復帰している。異文化に触れた社員に職場復帰の門戸を開くことで、ダイバーシティー経営への理解が深まるという相乗効果も出ている。
(2016/9/27 05:00)