(2024/3/22 12:00)
生殖医療や再生医療、畜産、系統維持など幅広い分野で欠かせない細胞の凍結保存。だが、従来法は全て凍結保護剤として化学物質を用いており、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などで影響が懸念されている。信州大学の秋山佳丈教授らはインクジェット(IJ)技術で細胞を微小な液滴中に入れ、瞬間的に凍結する技術を開発。凍結保護剤を用いずに従来法と同等の細胞生存率を実現した。早期の実用化が期待される。
細胞はそのまま凍らせると、細胞内外に微小な氷の粒(氷晶)ができてしまい、細胞膜や細胞小器官が破壊されて死んでしまう。そこでジメチルスルホキシド(DMSO)などの凍結保護剤を添加してこれを防ぐ。
こうした従来手法では、凍結保護剤自身の毒性や脱水による細胞へのダメージなどの問題がある。さらに近年、幹細胞に悪影響があることも分かってきた。だが、代替法がなく今も使われている。
細胞凍結では細胞内や周辺の水を結晶化させずにガラス化する必要がある。単純凍結では水はマイナス38度Cで不安定な領域に入り、急激に結晶化し氷晶ができる。凍結保護剤は不安定な領域の幅を狭めることで結晶化を抑えてガラス化する。
理論上は、結晶化するより速く瞬間的に凍結できれば凍結保護剤は不要だ。だが、物理的に不可能とされ、これまで挑戦する者はいなかった。「毎秒1万度C以上の冷却速度が求められる」(秋山佳丈教授)ためだ。
「速く冷却するには小さくすれば良い」と考えた秋山教授が着目したのが、IJによる細胞印刷技術だ。細胞の入った微細な液滴をノズルから吐出し、液体窒素で冷やした基板上に着滴させる。
細胞を閉じ込めた液滴を40ピコリットル(ピコは1兆分の1)まで微小化することで毎秒2万度C超の冷却速度を実現。基板を薄くすると同3万度Cも達成した。「不安定な領域の幅は広いまま、これを飛び越えられる」(同)。
動物細胞での凍結実験の結果、生存率は凍結保護剤を用いる従来法と同等だった。間葉系幹細胞の未分化マーカーを調べ、細胞の機能維持も確認した。
併せて急速解凍のための自動化装置も開発。解凍が遅いとガラス化の状態から液体にならず結晶化してしまうからだ。凍結細胞を冷たいまま素早く温かい培地に浸す。手技の従来法より生存率、再現性とも向上した。
さらに、凍結細胞の保存性を高めるため、凍結液滴のみをバイアルに保存する方法を確立した。基板をたたき付けて凍結液滴を落として回収し、そのまま保存する。基板での保存に比べ、保存密度も解凍速度も高められた。
ヒトiPS細胞やその分化細胞、輸血用の血液細胞などでの利用が期待されるほか、従来は凍結保存できなかった細胞や微生物種の保存も可能となる。
今後、国立医薬品食品衛生研究所と幹細胞でも実証していく。秋山教授は、「今は慣れが必要で処理速度も不十分だ。企業と協力し自動化装置を作り上げたい」と早期の実用化へ向けて意気込む。
(2024/3/22 12:00)
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