「ブランドなくとも良品で勝負」サンシン電気社長・石井宏宗氏 哲学書からヒント

(2024/10/25 12:00)

28歳のころ、尊敬する公認会計士である叔父の下で修行していた際に「これは何だ」と問われた。灰皿だと見たままに答えると残念そうな顔をされた。初めはその理由が分からなかったが、後に紹介された哲学書の丸山圭三郎著『文化=記号のブラックホール』の中にヒントがあった。

私はその時、半ば反射的に灰皿という共通概念の「記号」を答えたが、個々の灰皿を「対象」として理解しているだろうか。会計士は数字で企業の財政状況を表す財務諸表を作成するが、数字という「記号」だけを見るにとどまらず「対象」である企業の本質を捉えられているか―。

「記号が対象を作る」とするソシュールの記号論を丸山氏が発展的な持論も含めて解説した本書を通じて、叔父はこのような示唆をくれたのだと思う。

我々は対象を見ているようでいて、実は記号で判断していることが多い。例えば学歴がなくても優秀な人はいるが、現在も学歴がモノを言う社会だ。ソシュール記号論から世界が記号で動いていることを知った上で、どのように記号と対象を行き来する「思考」を行うか。個人の見解だが、どちらか片方だけを見ることは危険で、バランスをとることが大事なのだと思う。

丸山氏は同論から踏み込んで「関係があるから対象が生まれる」と主張した。ビジネスも顧客との関係性があるから対象になる。当社は中小企業であり、対象としての屋号はあるがブランドという記号がない。だからこそ独自の技術で差別化を図り、対象を強化している。社内では「純粋な意味での『無印良品』になろう」と話している。記号がないノーブランドの無印でも良品でありたい。

私は「今日より明日をいかに良くするか」を考えるために哲学を使いたい。『文化=記号のブラックホール』も最初は難しかった。だが四半世紀の経営者人生を歩み、ソシュールや丸山氏の言いたいことが理解できたと次第に思えてきた。読書の楽しみだ。

(2024/10/25 12:00)

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